1億円あっても家を買わない理由:不動産所有リスクを網羅して考えた

総資産が1億円を超えた今でも、私は賃貸マンションで暮らしています。キャッシュで一括購入しようと思えばできる資金力はあります。それでも家を買わない理由は、「コストが割高だから」ではありません。

「不動産を所有したくない」という明確な意思があるからです。

世間の持ち家vs賃貸の議論は、たいてい「どちらが総支払額として得か」というコスト比較に収束しますが、私の視点は少し違います。合理的な大家であれば、諸費用・固定資産税・修繕費・ローン金利・自分の利益まで乗せた賃料を設定するため、コスト面で賃貸が安くなることはむしろ珍しい。それでも私が賃貸を選ぶのは、「所有することによって発生するリスクと煩わしさ」を、家賃という形で大家に外注しているからです。

この記事では、私が家を買わないと決めた理由として、不動産所有に伴うリスクを網羅的に整理します。知っているようで見落としがちな論点も含めて、できる限り広く取り上げます。

リスク1:ローンという長期負債の拘束

住宅ローンを組むということは、変動金利であれ固定金利であれ、数十年にわたって毎月一定額の返済義務を負うことを意味します。

変動金利型のローンは、2024年以降の日本銀行の利上げ局面で実際に返済額が増加しはじめています。多くの変動金利には急激な増加を抑える「5年ルール・125%ルール」がありますが、このルールがあることで返済額は抑えられても元金は減らず、見えない形で「未払利息」が膨らむリスクがあります。

また、「金利が上がったら固定金利に借り換えればいい」という意見もありますが、固定金利は変動金利よりも先に市場の期待を反映して上昇する傾向があるため、タイミングを読むことは実際にはほとんどの人には困難です。

数千万円のローンを抱えながら、並行してNISAでインデックス投資を続けるのは精神的に難しい局面が来ます。借金がある状態では、相場の下落時に「投資を続けるべきか」という判断が歪みやすくなります。

リスク2:流動性ゼロという致命的な制約

不動産は、必要なときにすぐに換金できる資産ではありません。

「売れば現金になる」は事実ですが、買い手が見つかるまでに数か月から数年かかることもあり、急な資金需要には対応できません。そもそも、希望の価格で売れる保証もなく、不動産市況が低迷している局面では含み損を抱えたまま売るか、値段が戻るまで待つかの二択を迫られます。

株式や投資信託であれば、市場が開いている日であれば数クリックで換金できます。不動産は、資産の中でも最も流動性が低い部類に属します。

特にFIRE(早期退職)後の生活において、資産の一部が不動産という「換金できない箱」に固定されている状態は、想定外の支出が発生したときの対応力を著しく下げます。

リスク3:維持管理の義務と時間コスト

持ち家は、所有した瞬間から「維持管理の義務」が生まれます。

賃貸であれば、給湯器が壊れても排水口が詰まっても、管理会社に電話一本で解決します。費用は大家が負担します。持ち家の場合、これらはすべて自分の時間・資金・判断で対応しなければなりません。

代表的な維持コストを挙げると、以下の通りです。

  • 屋根・外壁の定期塗装(10〜15年ごと、80万〜200万円以上)
  • 給湯器・エアコン・キッチン設備の交換(数十万円単位)
  • 戸建ての場合、庭の手入れや白アリ防除など
  • マンションの場合、毎月の管理費・修繕積立金(購入後も永続的に発生)

これらは単なるコストの問題ではなく、「業者の選定・見積もり・工事の立ち合い・クレームへの対応」という精神的・時間的コストも伴います。

ITエンジニアとして、インフラやサーバーの保守を専門業者に任せるのと同じように、住居の維持管理という「専門外の業務」も外注できることが賃貸の本質的なメリットだと私は考えています。

リスク4:マンション特有のリスク──修繕積立金の値上げとスラム化

分譲マンションには、戸建てにはない独特のリスクが存在します。

まず、修繕積立金の値上げ問題です。マンションは大規模修繕(外壁補修・防水工事・エレベーターの更新など)のために毎月修繕積立金を積み立てますが、当初の積立計画が甘く、築年数が経過するにつれて積立不足が判明するケースが非常に多くなっています。物価高騰や人件費上昇によって、近年は修繕費の見積もりが当初計画を大幅に上回るケースが相次ぎ、管理組合で「積立金の大幅値上げ」が決議されるマンションが増えています。

購入時に「値上げの予定はない」と説明されていても、その後すぐに管理組合で値上げが決議されても、個人の力ではどうにもなりません。自分が良識ある住民であっても、管理組合の合意は多数決で決まります。

さらに深刻なのが、マンションの「スラム化」リスクです。居住者の高齢化が進み、空室率が上がり、管理費や積立金の滞納が増加すると、修繕が先送りされ、外壁や共用部が劣化し、新しい入居者が集まらなくなるという悪循環に入ります。一度スラム化が始まると資産価値は暴落し、自分が「売りたいときに売れない」状態に陥ります。

また、隣人問題も看過できません。賃貸であれば更新時や契約期間終了時に引越すことで問題を物理的に解決できますが、分譲マンションの場合、深刻な騒音トラブルや迷惑住民がいても、簡単には逃げられません。近隣住民のトラブル・ゴミ屋敷化・宗教団体の活動拠点などが近くにあっても、法的な告知義務は曖昧なグレーゾーンが多く、住み始めてから発覚するケースが後を絶ちません。

リスク5:ライフステージの変化に対応できない

人生は長く、ライフスタイルは必ず変化します。

転勤・転職・フリーランスへの移行、親の介護が必要になって実家近くへ移住したい、体力の衰えにより駅近・バリアフリーの物件への転居が必要になった、FIRE後に生活費を下げるために家賃の安い地方へ移住したい──こういった変化は、誰の人生にも起こり得ます。

賃貸であれば、これらの変化に対して「引越す」という選択肢が常に開かれています。持ち家の場合、住宅ローンが残っていれば売却は銀行の同意が必要で、売却価格がローン残高を下回る「オーバーローン」になれば自己資金を追加しなければ売れません。転勤命令が出ても売ることも貸すことも難しく、2拠点生活を余儀なくされるリスクがあります。

私は独身で母親を扶養しています。将来、母親の介護が必要になったとき、あるいは自分自身が高齢になったとき、今の住所が最適である保証はどこにもありません。状況の変化に応じて住む場所を動かせる賃貸の身軽さは、長い人生において非常に高い価値があると考えています。

リスク6:災害・地盤・立地の固定リスク

不動産は、購入した瞬間に「場所」に縛られます。

日本は地震・豪雨・台風・土砂崩れの多い国です。ハザードマップで安全に見える土地でも、地盤の変化・開発による周辺環境の変化・気候変動による水害リスクの上昇によって、10年後・20年後に状況が変わる可能性はゼロではありません。

土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定されると、建築制限がかかり、資産価値が大幅に低下します。また、近隣に嫌悪施設(産廃処理場・火葬場・騒音を出す工場など)が新たに建設された場合も、賃貸であれば引越しで回避できますが、持ち家ではその場所に居続けるしかありません。

火災保険・地震保険に加入していても、地震保険の補償は時価の最大50%が上限であり、建て直しには自己負担が生じるケースがほとんどです。

隣地との境界紛争も知られていないリスクの一つです。境界が不明確なまま放置されると、建て替えや売却時に突然のトラブルとなり、確定測量や法的手続きに費用と時間がかかります。

リスク7:相続・出口問題という「後始末」

不動産を所有すると、自分が亡くなった後の問題も発生します。

現金や株式は「分けられる資産(ペーパーアセット)」であり、相続人への分割が比較的容易です。しかし不動産は「物理的に分割できない資産」であるため、複数の相続人がいる場合に相続争いの火種になりやすくなります。

また、相続した不動産を誰も使わない場合、固定資産税・管理費・修繕費を払い続けながら、空き家として管理することを余儀なくされます。2023年に施行された改正空家対策特別措置法では、放置した空き家が「管理不全空家」に指定されると、本来6分の1に軽減されている土地の固定資産税の特例が外れ、固定資産税が最大6倍相当になる可能性があります。

国に土地を引き渡す「相続土地国庫帰属制度」(2023年施行)もありますが、建物が残っている状態では利用できず、解体してから手続きが必要です。つまり、不動産は「もらい手がいない負動産」になるリスクを最初から内包しています。

私の場合、独身で相続人は母親のみです。自分が先に亡くなった場合、高齢の母親が不動産の管理や売却の手続きを処理しなければならない状況は、なるべく避けたいと考えています。現金やETFならば、金融機関の手続きで比較的シンプルに引き継げます。

リスク8:心理的なコスト──「所有の呪縛」

最後に、見落とされがちな心理的なリスクについて触れます。

大きな買い物をした後に「本当にこれで良かったのか」という後悔を感じる「バイヤーズリモース」という現象があります。数千万円の買い物である住宅において、これが長期間続くケースは珍しくありません。

また、持ち家があると「ここを離れてはいけない」という心理的な拘束が生まれます。仕事の機会や生活環境の改善のために移住した方が合理的な局面でも、「家を売らなければ」という障壁が意思決定を鈍らせます。

私の場合、「賃貸は掛け捨て」という言葉を聞いても全くそう思いません。家賃は「不動産所有のリスクと煩わしさを大家に外注するためのサービス料」として払っています。それで心理的な自由と身軽さが買えるなら、十分に合理的な支出です。

まとめ:コスト比較ではなく「所有リスクの外注」という発想で考える

不動産を所有することで生じるリスクを整理すると、以下の8点になります。

  • ローンという長期負債と金利変動リスク
  • 流動性の低さによる緊急時の対応力の低下
  • 維持管理の義務と継続的な時間・費用コスト
  • マンションの場合、修繕積立金値上げ・スラム化・隣人問題
  • ライフステージの変化に応じた移住の自由の喪失
  • 地震・水害・嫌悪施設建設など立地に縛られるリスク
  • 死後の相続・出口問題(負動産化)
  • 所有そのものが生む心理的拘束

これらのリスクをすべて自分で引き受けるのが「持ち家」であり、それらを大家に外注してサービス料(家賃)を払うのが「賃貸」だというのが、私の根本にある考え方です。

持ち家か賃貸かに正解はありません。家族構成・職業・価値観・地域・資産状況によって答えは異なります。ただ、「持ち家の方が得だから」というコスト論だけで判断するのではなく、所有することで引き受けるリスクの全体像を把握した上で選択することが、長期的に後悔しない意思決定につながると考えています。

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