
投資の世界で昔から語り継がれている有名な話があります。
ある大手運用会社が顧客口座の運用成績を調査したところ、最もリターンが高かったのは「すでに亡くなった人」と「口座の存在を忘れていた人」だった、というエピソードです。
相場のニュースに一喜一憂せず、何も手を加えずに放置し続けた人が一番勝っていたという話は、長期投資の重要性を説く際によく引き合いに出されます。
私自身、2004年に株式投資を始めてから22年以上が経過し、リーマンショックやコロナショックなどの大暴落を経験しながら、2026年5月に総資産1億円に到達しました。
この20年以上の投資経験を振り返ってみても、「余計な売買をせず、ただ愚直に持ち続けたこと」が結果として最大の資産形成要因になったと強く実感しています。
しかし、そもそもこの「亡くなった人・忘れていた人が最強」というエピソードは本当の事実なのでしょうか。
この記事では、この有名なエピソードの真相をファクトチェックした上で、投資信託や株式の頻繁な売買がリターンを押し下げる「行動ギャップ(Behavior Gap)」の実態と、なぜインデックス投資の完全放置が最も再現性の高い成果を生み出すのかについて、金融データと20年の実践経験から整理します。
1. 「運用成績No.1は亡くなった人」という都市伝説の真相
まず結論からお伝えすると、「運用成績が最も良かったのは亡くなった人や忘れていた人だった」という調査結果は、公的な調査レポートが存在しない投資業界の都市伝説です。
エピソードの発端となった出来事
この話が広く知られるようになったきっかけは、2014年に米国の金融ラジオ番組「Masters in Business」において、資産運用会社オショネシー・アセット・マネジメントのジェームズ・オショネシーCEOが語った発言にあるとされています。
番組内で「フィデリティ社が顧客口座を調査したところ、成績トップは亡くなった人だったというのは本当か」と問われたオショネシー氏は、「それは少し違うが、非常に近い。一番成績が良かったのは口座の存在を忘れていた人たちだった」という趣旨の回答をしました。
フィデリティ社の公式見解とファクトチェック
その後、多くの金融ジャーナリストやアナリストがフィデリティ社に問い合わせを行いましたが、フィデリティ社から「そのような調査を実施・公表した記録はない」という回答が得られており、公式なデータとして裏付けられたものではないことが判明しています。
つまり、「フィデリティの調査で亡くなった人や忘れていた人の成績がトップだった」という話は、投資家の教訓として語り継がれる中で脚色されたフィクション(寓話)に過ぎません。
しかし、公式な調査が存在しないにもかかわらず、なぜこの話は世界中の投資家にこれほど受け入れられ、今なお引用され続けているのでしょうか。
それは、多くの学術研究や市場データが、「投資家が余計な売買を繰り返すほどリターンを大きく損なっている」という残酷な事実を一貫して証明しているからです。
2. 年率1.2%を溶かす「行動ギャップ(Behavior Gap)」の実態
都市伝説とは異なり、個人投資家の売買行動がパフォーマンスにどのような悪影響を与えているかについては、極めて精緻な調査データが存在します。
その代表例が、米国の投資調査会社モーニングスター(Morningstar)が毎年発表している「Mind the Gap(マインド・ザ・ギャップ)」レポートです。
トータル・リターンとインベスター・リターンの乖離
モーニングスターの調査では、以下の2つのリターンの差を比較しています。
この2つの数字の差は「行動ギャップ(Behavior Gap)」と呼ばれます。
直近10年間のデータを分析した最新のレポートによると、米国籍ファンド全体の平均で、インベスター・リターンはファンド自体のトータル・リターンを年間で約1.2パーセントポイントも下回っていました。
年間1.2%の差というのは、ファンドが生み出した総リターンの約12%を投資家自身の売買行動によって自ら失っていることを意味します。
ファンドのタイプ別に見る行動ギャップの格差
さらに興味深いのは、ファンドの種類やボラティリティ(価格変動の大きさ)によって、この行動ギャップの大きさが劇的に異なる点です。
| ファンド分類 | 平均的な行動ギャップ(年率乖離) | 投資家の行動傾向 |
|---|---|---|
| バランス型・アロケーションファンド | 約0.0% 〜 -0.4% | 自動積立や放置が多く、売買が少ない |
| 全米株式・先進国株式インデックス | 約 -0.8% 〜 -1.0% | 比較的長期保有されるが、調整局面で売却も |
| セクター・テーマ型株式ファンド | 約 -1.5% 〜 -3.0%以上 | 話題になった高値で買い、暴落で投げ売りする |
| 極端に高ボラティリティなファンド | 最大 -7.0%以上 | 短期の値動きに振り回され、巨額のリターンを喪失 |
安定した資産配分を持つバランスファンドではギャップがほぼゼロに近い一方、AIやクリーンエネルギー、ハイテクといった「特定のブームに乗ったテーマ型ファンド」や価格変動の激しいファンドほど、投資家の実際の成績はファンドの公表リターンから大きく乖離して悪化しています。
ファンド自体の値動きが素晴らしいにもかかわらず、投資家自身が「買うタイミング」と「売るタイミング」をことごとく間違えることで、リターンを自ら削り取ってしまっているのです。
3. なぜアクティブな売買・乗り換えは負けるのか?
なぜ多くの個人投資家は、良かれと思って売買や銘柄の乗り換えを行うのに、結果としてインデックスの完全放置に負けてしまうのでしょうか。
その背景には、数学的な確率の壁と、人間が進化の過程で身につけた心理バイアスが深く関係しています。
理由1:稲妻が輝く瞬間(ベストデイ)を逃すリスク
株式相場の上昇は、1年を通じて均等に発生するわけではありません。年間リターンの大部分は、1年のうちの「わずか数日間の急騰日」に集中して発生します。
長期投資の世界では「稲妻が輝く瞬間に市場に居合わせていなければならない」という言葉がよく語られます。急落後に発生するこの急反発の「稲妻」を、市場から退出していたことで取り逃がすリスクを示した教えです。
米大手金融グループJ.P.モルガン・アセット・マネジメントの長期データ(Guide to the Markets)によると、S&P500において過去20年間(2004年〜2023年など)市場に投資し続けた場合と、相場の急騰日を逃した場合のリターンには以下のような決定的な差が生じます。
| 投資スタンス | 年率平均リターン | 当初1万ドルの最終資産額 |
|---|---|---|
| 20年間ずっと完全放置(市場に居続けた) | 約9.8% | 約65,000ドル |
| 最も上昇した「ベスト10日」を逃した場合 | 約5.5% | 約29,000ドル(リターン半減) |
| 最も上昇した「ベスト20日」を逃した場合 | 約2.5% | 約16,000ドル |
| 最も上昇した「ベスト30日」を逃した場合 | 約0.2% | 約10,000ドル(ほぼ元本のみ) |
過去20年間の約5,000営業日のうち、たった10日のベストデイを逃すだけで、得られる最終資産は半分以下に激減してしまいます。
そして最も厄介な事実は、「歴史的な急騰日(ベストデイ)の多くは、相場が暴落した直後の数日間に発生している」という点です。
暴落の恐怖に耐えかねて株を売却し、現金化して様子見をしている投資家は、その直後に訪れる急反発の稲妻を確実に見逃すことになります。これが、タイミング投資を試みた人が市場平均に大敗する最大の数学的理由です。
理由2:取引コストと課税による複利の摩擦
売買を繰り返すことは、常に手数料と税金のコストを発生させます。
特定口座で利益が出ている状態で売買を行うと、その都度約20.315%の税金が差し引かれます。一度税金を払って目減りした元本で次の銘柄を買い直す行為は、本来得られるはずだった「将来の複利効果」を大きく損なう要因になります。
非課税枠であるNISAであっても、枠の再利用には制約があり、頻繁な乗り換えは運用の非効率を生みます。
理由3:行動経済学が解き明かす人間の脳のバグ
投資家が合理的な判断を下せないのは、人間の脳に以下のような認知バイアスが組み込まれているためです。
- 損失回避バイアス:人間は「10万円儲かった喜び」よりも「10万円損した苦痛」を2倍以上強く感じるため、底値付近で恐怖に耐えられず損切りしてしまう
- 群衆心理とFOMO(取り残される恐怖):ニュースやSNSで話題になり、価格が高騰しきったピークで「乗り遅れたくない」と飛びついて高値掴みをする
- 過信バイアス:自分だけは相場の天井と底をうまく言い当てられると過信し、売買を繰り返してしまう
これらの心理バイアスに従って行動する限り、投資家は「高値で買い、安値で売る」という最悪のトレードを自然と実行してしまう構造になっています。
4. 20年投資家が痛感した「完全放置(バイ&ホールド)」の威力
私自身の22年間の投資生活を振り返っても、この「行動ギャップの罠」には何度も直面してきました。
初期の迷いと売買の非効率さ
2004年に投資を始めた当初は、個別株のニュースを追ったり、割安に見える銘柄を探して短期で売買したりしていました。
しかし、どれだけ画面に張り付いて分析しても、市場の予期せぬ急変には勝てず、売買手数料や税金を引いた後の手元リターンは、ただ市場平均を持ち続けた場合と比べて明らかに劣っていました。
自分の判断力や相場観を過信してはいけないと痛感した私は、ポートフォリオの中心を全世界株(VT)や国内ETF(iSTOPIX)などの低コストインデックスETFに据え、定期的な積立設定を行って「相場を見ない」スタイルへと舵を切りました。
暴落局面で何もしなかったことの価値
その後の20年余りには、資産が半減近くまで落ち込んだ2008年のリーマンショックや、数週間で市場が急落した2020年のコロナショック、そして歴史的な円高・円安の乱高下がありました。
リーマンショック当時、連日のように金融崩壊を告げるニュースが流れ、保有資産の評価額は激減しました。恐怖心からすべてを売却して楽になりたいという衝動に駆られたことも一度や二度ではありません。
しかし、あらかじめ決めていた「生活防衛資金は現預金で確保し、リスク資産には一切手を触れず積立を継続する」というルールに従い、画面を閉じて本業のエンジニア業務に没頭しました。
結果として、市場は数年をかけて完全に回復し、その後の歴史的な上昇相場へと繋がっていきました。
もしあの時、相場を読んで一時的に売却していたら、その後の力強い反発(稲妻が輝く瞬間)を取り逃がし、2026年の総資産1億円到達は間違いなく不可能だったはずです。
「何もしなかったこと」こそが、投資人生における最良の意思決定だったのです。
5. 感情を排除して「ほったらかし」を完遂するためのITエンジニア流システム化
「ほったらかしにすることが最も合理的」と頭では分かっていても、いざ相場が大きく動いたときに冷静でいられる人間は多くありません。
感情の力だけで相場を乗り切るのは無理があります。意志の力に頼るのではなく、「人間が介入できない仕組み」を作ることが大切です。
感情を遮断するための仕組み化のポイントをいくつか紹介します。
1. 給与口座からの自動積立と自動引き落とし
投資の第一歩は、毎月の買付を完全自動化することです。
毎月の給料日に、証券口座への資金振替からインデックスETF・投資信託の積立買付までをすべて自動化し、自分の手で「今月は相場が高いから見送ろう」「暴落しているから買おう」といった裁量判断を挟まないようにします。
2. 証券口座の日常的なログインを禁止する
日々の株価チェックは、百害あって一利なしです。
株価アプリや証券会社のログイン情報をスマートフォンのホーム画面から外し、日々の値動きを見ない環境を作ります。値動きを見る回数が増えるほど、損失回避バイアスが刺激され、余計な売買をしたくなるのが人間の性質だからです。
3. 自作ツールによる「月1回の機械的モニタリング」
私の場合、資産管理は自作のWebツールやスクリプトを用いて、月1回だけ客観的なデータをデータベースに集計・記録する形に限定しています。
日々の細かい上下ではなく、月単位・年単位の俯瞰した推移だけを把握することで、短期の市場ノイズから精神的に距離を置くことができます。
4. 2年分の生活防衛資金という「感情の防波堤」
相場の暴落時にパニック売りをしてしまう最大の理由は、「生活費が脅かされるのではないか」という生存への不安です。
現預金として生活費の約2年分(私の場合は月25万円×24か月分)をリスク資産とは完全に切り離して確保しておくことで、相場が半分になろうとも日々の生活に一切の影響が出ない状態を作っています。
この現金の防波堤があるからこそ、リスク資産を文字通り「完全に放置」することが可能になります。
まとめ:ノイズを遮断し、市場に居続ける仕組みを
「一番儲かったのは亡くなった人と忘れていた人」という話は都市伝説ですが、そこに含まれる教訓は、モーニングスターの行動ギャップ調査やJ.P.モルガンの市場データによって完全に証明された普遍の真理です。
| 比較項目 | アクティブ売買・乗り換え | インデックス完全放置(バイ&ホールド) |
|---|---|---|
| 期待リターン | 行動ギャップにより年率1〜3%以上押し下げられがち | 市場全体の成長リターンを100%享受できる |
| タイミングリスク | 急騰日(稲妻が輝く瞬間)を取り逃がすリスクが極めて高い | すべての上昇日・反発局面に100%居合わせることができる |
| コストと税金 | 売買手数料や利益確定時の課税で複利効果が削られる | 売却しないため税金の繰り延べ効果が最大化される |
| 心理的ストレス | 日々の相場ニュースや株価の乱高下に神経をすり減らす | 相場を完全に無視して本業やプライベートに集中できる |
| 成功の条件 | 未来を正確に予測し続ける神がかり的な相場観が必要 | 感情を排して自動積立を放置する「仕組み」だけで良い |
相場を予測して賢く立ち回ろうとすればするほど、人間の認知バイアスが仇となり、資産形成の効率は低下していきます。
全世界株(VTやオルカンなど)の優れたインデックスを対象に、自動積立の仕組みを整えたら、あとは証券口座の画面を閉じて自分の生活を楽しむこと。
それこそが、長期投資において最も高いパフォーマンスを手にするための、最もシンプルで確実な戦略であると考えています。

