
今の年金水準(2026年度)と家計調査をもとに計算すると、65歳時点で夫婦で用意すべき老後の資産は、預貯金なら約1,300万〜2,100万円、インデックス投資なら約800万〜1,400万円になります(片働きの場合)。
2026年6月15日、今年度の改定を反映した新しい年金額が初めて支給されました。額面としては4年連続のプラス改定となりましたが、物価上昇率を下回るマクロ経済スライドが適用されたため、実質的には目減りしているのが現状です。
この最新の年金水準と政府の統計情報をもとに、夫婦2人の一般的な家庭をモデルケースとして、老後に本当に必要な資産規模がいくらになるのかをシミュレーションしてみました。今回は特に、今後の「物価上昇(インフレ)」が資産の取り崩しに与える影響について、毎年1%と2%上昇するケースに分けて詳しく計算しています。
シミュレーションの前提条件
今回のシミュレーションにあたり、ベースとなる支出と寿命の条件を整理します。
夫婦2人の一般的な生活費
支出については、総務省統計局が発表している最新の家計調査(2024年)から、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の平均値を参照します。
統計によると、高齢夫婦無職世帯の1か月あたりの支出平均は次の通りです。
この支出合計である約28.7万円(年額換算で約344万円)を、65歳時点のスタート時の生活費と仮定します。物価が毎年上昇するシナリオでは、この支出額が毎年1.0%または2.0%ずつ複利で増加していきます。
取り崩しの対象期間(平均寿命)
夫婦は同い年と想定します。厚生労働省が発表している令和6年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳となっています。
夫が先に他界した後も妻が平均寿命まで暮らすことを考え、65歳から女性の平均寿命である87歳までの22年間(264か月)を基本の取り崩し期間とします。さらに、予備的なシミュレーションとして90歳までの25年間(300か月)の数値もあわせて算出します。
シミュレーションする組み合わせの全体像
今回の検証では、生活環境や相場の変化に合わせた次の4つの変数を組み合わせ、合計12パターンのシミュレーションを行います。各パターンの関係性は次の通りです。
| 比較する項目 | 選択肢(バリエーション) | 目的とシミュレーションの意図 |
|---|---|---|
| 家族構成と働き方 | パターンA:夫婦共働き(厚生年金2人分:月333,342円) | 年金による基礎収入の差が老後の必要資金に与える影響を検証します。 |
| パターンB:片働き(専業主婦モデル:月237,279円) | ||
| パターンC:夫婦ともに自営業等(国民年金2人分:月141,216円) | ||
| パターンD:独身(厚生年金:月166,671円) | ||
| 物価上昇(インフレ) | シナリオ1:毎年1.0%上昇(年金増額は年0.8%) | 物価上昇とマクロ経済スライド(実質目減り)が資産寿命に与える影響を検証します。 |
| シナリオ2:毎年2.0%上昇(年金増額は年1.8%) | ||
| 運用リターン | 1. 預貯金のみ(金利0%) | 資産運用を組み合わせることで、準備すべき初期元本をどれだけ圧縮できるか比較します。 |
| 2. インデックス投資(年利3%想定) | ||
| 3. インデックス投資(年利5%想定) | ||
| 老後の想定期間 | 1. 87歳まで(22年間) | 平均寿命から長生きリスク、さらには資産寿命を無限にするための必要額を算出します。 |
| 2. 90歳まで(25年間) | ||
| 3. 枯渇しないライン(100年間) |
2つの年金受給パターンとマクロ経済スライドの罠
受給できる年金額は、65歳までの働き方によって異なります。今回は2026年度(令和8年度)の最新の年金改定額をもとに、夫婦ともに65歳まで40年間働いた前提で、次の2つの受給シナリオを想定します。
また、年金額の改定には「マクロ経済スライド」が適用されるため、物価が上昇しても年金額は同等には増えません。今回のシミュレーションでは、物価上昇率からマクロ経済スライドの調整分(約0.2%と仮定)を差し引いた割合で、年金額が名目上増額される(実質的に毎年0.2%ずつ目減りする)前提で計算します。
パターンA:夫婦共働き(夫婦ともに厚生年金)
夫婦がそれぞれ平均的な収入(賞与を含む月額換算45.5万円)で厚生年金に加入し、65歳まで就業していたケースです。
2026年度の厚生年金モデル額から試算すると、平均的な厚生年金受給額は1人あたり月額166,671円(満額の老齢基礎年金70,608円と、報酬比例部分96,063円の合計)となります。
この場合の65歳時点での月々の収支は次のようになります。
- 年金受給額 333,342円 - 支出 286,877円 = +46,465円
夫婦共働きで厚生年金をしっかりと受け取れる場合、毎月約4.6万円の黒字となり、年金収入だけで日常の生活費を完全に賄うことができます。
このケースにおける最も大きなポイントは、老後生活を維持するために取り崩すための資産が「理論上は0円で良い」ということです。たとえ今後物価上昇が毎年1%〜2%進行し、年金がマクロ経済スライドで実質的に目減りしていったとしても、22年後(87歳時点)の収支計算においても毎月約5万円の名目黒字を維持し続けます。
もちろん現実には、旅行や趣味などのゆとり費、突発的な医療費や介護費用に備えるための貯蓄は必要ですが、「生活が破綻するのを防ぐための老後資産の取り崩し準備」という観点においては、共働きは最強のセーフティネットであり、特別な資産形成がほぼ不要になることを示しています。
パターンB:夫のみ就業・妻専業主婦(厚生年金+国民年金)
夫が平均的な収入で40年間厚生年金に加入し、妻が専業主婦として国民年金を40年間納付(満額受給)したケースです。
この場合の65歳時点での月々の収支は次のようになります。
- 年金受給額 237,279円 - 支出 286,877円 = ▲49,598円
毎月約5万円(正確には49,598円、年額で約59.5万円)の不足が生じるため、この赤字分を自前の資産から取り崩して補填する必要があります。物価上昇とマクロ経済スライドの適用により、この「不足額」自体が年々膨らんでいくことになります。
パターンC:夫婦ともに自営業等(国民年金のみ)
夫婦がともに自営業やフリーランスなどで、40年間国民年金のみに加入(満額受給)したケースです。
この場合の65歳時点での月々の収支は次のようになります。
- 年金受給額 141,216円 - 支出 286,877円 = ▲145,661円
国民年金のみの場合、毎月約14.6万円もの大きな赤字が発生します。年間で約175万円の不足となり、長期間にわたる老後生活を支えるためには、現役時代から相当規模の資産形成が必須となる厳しい状況が浮き彫りになります。
パターンD:独身・一人暮らし(厚生年金)
参考として、独身で平均的な収入で40年間厚生年金に加入したケースも確認します。支出は家計調査(2024年)の「65歳以上の単身無職世帯」の平均値(月額161,933円)を使用します。
独身で厚生年金を受け取れる場合、65歳スタート時点では月約4,700円の黒字となります。インフレが進行した場合でも、初期の黒字分がバッファとなるため、平均寿命(男性81歳、女性87歳)を迎えるまでの生活においては、取り崩し前提の資産は「理論上0円で良い」という結果になります(共働きのパターンAと同様に、非常に強いセーフティネットとなります)。
毎年1%の物価上昇がある場合のシミュレーション(パターンB)
物価が毎年1.0%ずつ上昇し、年金がマクロ経済スライドによって毎年0.8%ずつしか増えない(実質0.2%目減りする)と仮定した場合の取り崩しシミュレーションです。
65歳時点で必要な初期資産額を、預貯金のみで取り崩す場合と、インデックス投資で運用しながら取り崩す場合(年利3%、5%想定)の3パターンで比較します。
| 取り崩し期間 / 運用方法 | 預貯金のみ (0%) | 年利3%運用 | 年利5%運用 |
|---|---|---|---|
| 87歳まで(22年間) | 約1,605万円 | 約1,151万円 | 約941万円 |
| 90歳まで(25年間) | 約1,877万円 | 約1,286万円 | 約1,026万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約3,343万円 | 約1,759万円 |
物価上昇がない前提で計算した場合、87歳までの預貯金の必要額は約1,309万円でしたが、毎年1%の物価上昇を加味すると約1,605万円へと必要額が約300万円跳ね上がります。
しかし、年利5%のインデックス運用を組み合わせることができれば、必要額は約941万円に抑えられ、インフレ下であっても大台の1,000万円を下回る資産規模で乗り切ることが可能になります。
毎年2%の物価上昇がある場合のシミュレーション(パターンB)
日銀が目標としている「毎年2.0%の物価上昇」が継続し、年金が毎年1.8%ずつ増額される(実質0.2%目減りする)と仮定した場合のシミュレーションです。
| 取り崩し期間 / 運用方法 | 預貯金のみ (0%) | 年利3%運用 | 年利5%運用 |
|---|---|---|---|
| 87歳まで(22年間) | 約1,795万円 | 約1,272万円 | 約1,032万円 |
| 90歳まで(25年間) | 約2,136万円 | 約1,441万円 | 約1,138万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約5,056万円 | 約2,326万円 |
物価上昇が毎年2%に達すると、預貯金のみで取り崩す場合の負担は極めて大きくなります。90歳まで生きることを想定すると、2,100万円以上の現金が必要になり、かつての「老後2,000万円問題」が現実のものとなって襲いかかります。
インフレの恐ろしい点は、現金の価値が実質的に目減りしていくことです。金利のほとんどつかない銀行預金に全額を置いておくことは、インフレ局面においては「資産が目減りしていくことを静観する」のと同義になってしまいます。
一方で、年利5%のインデックス運用を行いながら取り崩す場合、87歳までの必要資産は約1,032万円と、預貯金のみの場合と比べて約760万円も準備資金を節約することができます。
各インフレシナリオにおける必要資産額の比較まとめ
ここまで計算した、各物価上昇シナリオと働き方・運用方法ごとの必要元本(初期資産)を一覧表にまとめました。老後の資産として結局いくら必要なのかを比較する際の参考にしてください。
| 家族構成と働き方 / 物価上昇シナリオ / 想定期間 | 預貯金のみ (0%) | 年利3%運用 | 年利5%運用 |
|---|---|---|---|
| パターンA(夫婦共働き) / パターンD(独身・厚生年金) | |||
| いずれの物価上昇シナリオでも | 0円 | 0円 | 0円 |
| パターンB:片働き(厚生年金+国民年金) | |||
| 物価上昇が毎年1.0%の場合(年金0.8%増) | |||
| 87歳まで(22年間取り崩し) | 約1,605万円 | 約1,151万円 | 約941万円 |
| 90歳まで(25年間取り崩し) | 約1,877万円 | 約1,286万円 | 約1,026万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約3,343万円 | 約1,759万円 |
| 物価上昇が毎年2.0%の場合(年金1.8%増) | |||
| 87歳まで(22年間取り崩し) | 約1,795万円 | 約1,272万円 | 約1,032万円 |
| 90歳まで(25年間取り崩し) | 約2,136万円 | 約1,441万円 | 約1,138万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約5,056万円 | 約2,326万円 |
| パターンC:夫婦ともに国民年金 | |||
| 物価上昇が毎年1.0%の場合(年金0.8%増) | |||
| 87歳まで(22年間取り崩し) | 約4,366万円 | 約3,156万円 | 約2,594万円 |
| 90歳まで(25年間取り崩し) | 約5,054万円 | 約3,497万円 | 約2,808万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約8,410万円 | 約4,493万円 |
| 物価上昇が毎年2.0%の場合(年金1.8%増) | |||
| 87歳まで(22年間取り崩し) | 約4,873万円 | 約3,481万円 | 約2,839万円 |
| 90歳まで(25年間取り崩し) | 約5,735万円 | 約3,908万円 | 約3,107万円 |
| 枯渇しないライン(実質無限) | - | 約1億2,300万円 | 約5,793万円 |
このように一覧で比較すると、共働きによる年金収入の強力さと、片働きの場合に物価上昇率が上がるほど必要資金が膨らむこと、そしてそれを相殺するために資産運用を組み合わせることがいかに効果的であるかが一目で分かります。
資産を減らさずに「増やしながら生きる」枯渇しないライン
シミュレーションの最下段に記載した「枯渇しないライン(実質無限)」は、資産寿命を理論上無限にする(100年間取り崩しても資産が残る)ために必要な初期元本を示しています。
これは、「毎年の運用収益 ≧ 毎年の取り崩し額」となる境界線のことです。つまり、インデックス運用のリターンが、物価上昇による支出の増大と毎年の取り崩し額を上回り、資産残高が増勢を維持できる状態を意味します。
毎年2%の物価上昇がある厳しい環境下において、資産運用を行わずに元本を維持することは不可能です。しかし、インデックス投資を活用する場合、次の元本を用意できれば資産は減るどころか増え続ける可能性が高くなります。
- 年利3%で運用する場合:65歳時点で約5,056万円
- 年利5%で運用する場合:65歳時点で約2,326万円
年利3%運用の場合は約5,000万円という大きな資金が必要になりますが、年利5%での運用を期待できるポートフォリオを構築できれば、約2,326万円の元本で資産寿命を無限に引き伸ばすことができます。
かつて話題になった「老後2,000万円」という金額ですが、これをただ預貯金に眠らせておくだけでは毎年2%のインフレによってあっという間に枯渇へと向かいます。しかし、これを適切なインデックス投資に回して年利5%程度で回すことができれば、資産を枯渇させることなく、むしろ増やしながら一生を終えられる可能性が極めて高くなるというのが、このシミュレーションが示す真実です。
まとめ
インフレが毎年1%〜2%進行する「金利と物価のある世界」において、現役時代に貯めた現金をただ取り崩すだけの老後設計は、非常にリスクが高いと言わざるを得ません。
老後資金を枯渇させないための最も本質的なアプローチは、次の2点に集約されます。
- 夫婦共働きなどの形で厚生年金の受給期間・受給額を最大化し、基礎的な収入力を高めること。
- 準備した資産をインデックス投資で適切に運用し、インフレ率を上回るリターン(3%〜5%)を得ながら取り崩していくこと。
私の場合は独身で少し特殊な生活設計をしていますが、早い段階からインデックス投資を活用して資産運用を生活の仕組みの中に組み込んでおくというアプローチは、どのような家庭環境であっても普遍的に有効な資産防衛策だと考えています。
